ちょっと前に見た動画
ネタの序盤にやったものが再度登場するときれいな形だなと思うし
1回笑った件なら思い出し分も乗って強いですよ
ただ感心して見てるかな~と考えるとピンとこなくて
ふ~ん程度の認識でした
しかしマンガとかの評価で伏線に「感心」するのを聞くと
いやいや構想に基づいて織り込んどくだけの話じゃんと思うことはありました
つまり言ってること同じだなw
美しいし面白いけど「すごい」はなんか違う
あえて言うならそれだけ長期間連載できたことは偉大であり
不人気等によりストーリーの構想を曲げられなかったことはすごいのかもしれない
そっちだよね
伏線をアピールするさらなる問題として
初見から身構えちゃって普通に見られなくなること
衝撃のラストやどんでん返しの存在を先に言っちゃうタイプの弊害です
さらに私の場合伏線や考察の余地がドッサリあると聞いたら
もう完結するまで手を付けたくないです
わからんことだらけのまま最新話を待ち続けるのはしんどい
一時期に並行して触れる作品てもちろん2、3本じゃないから
その1本に脳の容量がっつり割けないじゃん
毎度毎度たくさん思い出すことを要求されたくない
そんな具合で
この年末年始を利用して第一部完結したチェンソーマンを一気読みしたのが先日のあれ
結局わかんなかったけどね…
ってか私自身伏線を褒めることありますし
言葉の使い方には一層気をつけていこうと思います。